「私、どうしてもやってみたいことがあるんだよね」

部室の椅子に座り、眉間に皺を寄せて真剣な顔(に見える)で考え込んでいたシンが、ぼそりと呟いた。
「やりたいこと?」と宍戸が問えば、シンは「そう」と頷いた。

「どうせろくでもないことなんだろ」

シンの考えてることなんて、大抵跡部に関わる下らないことだと俺は常々思っていたので、
なんの興味も無さそうに雑誌をパラパラ捲りながら言ったら「岳人、決めつけたらアカ ンで」と侑士に窘められた。

「じゃあなんだよ」

侑士の言葉に雑誌を閉じて膨れっ面で聞けば、「跡部のことなんだけどね」と、シンは眉間に皺を寄せたまま答えた。

「跡部の?」
「そう」

コクリと頷くシンに、(やっぱ跡部かよ!)と思った俺に気付かず、
苦労性の宍戸が心配そうに「なんかあったのかよ?」と尋ねた。

「跡部のホクロが左右対称だったら超萌えない?」

手を顎の下で組みながら、至って真面目に、且つさらりと、答えるシン。
「は?」
「なんだって?」

思わず俺と宍戸は同時に聞き返した。

「跡部のホクロが左右対称だったら」
「いや!そこ!」
「繰り返さなくてもいい!」

俺と宍戸はまたしても同時に叫んだ。
きっと今の俺達なら青学ゴールデンペアに圧勝するくらいに、シンクロしてる。

「お前、何考えてんだ?」と呆れたように言う宍戸に、「え、だって可愛いよね」と、
まるで『チョコレートは美味しいよね』とか『夏は暑いよね』とでも言ってるように、そりゃもう至極当然の様に答えるシン。
いつものこととはいえ、俺達は呆れ果てて、突っ込むのは放棄した。
ヘタなことを言い墓穴を掘り、シンの悪事(としか思えない)に巻き込まれるということ を何度も繰り返している俺達にとって、
それはごめん被りたいことだった。
跡部の『左右対称ホクロ』は見てみたいけど、俺達だって命は惜しい。
いやほんと、心からノーサンキュー!
だからそのままシンの言葉をスルーしよう。
三人の心が一つになったその時。

「だからさあ、ちょっと描いて来てよ、忍足」

シンは何でもないことのように言いやがった。

「えぇええぇえ!俺ぇ!?」
「……貸し、あるでしょ?」
「!?」

驚愕のあまりいつものポーカーフェイスが崩れまくってる天才に、ボソッと呟くシン。
こ、怖えぇ。
宍戸は「シンに貸し作るなんて……」と同情の眼差しで二人を見ていた。

「ね?」
「い、いやや!」
「ぽつんと描くだけだよ?」
「ならシンが描けばええやんか!」
「やだよ」
「俺かっていやや!」
「描・い・て・き・て」
「い・や・や」
「もう、ワガママだなぁ」
「ワガママなんはシンやん!」

侑士は必死で攻防を繰り返している。
そりゃそうだ。
ラチがあかないと思ったのかシンは一つ溜め息をつくと、「忍足ぃ、」と言いながらちょいちょいと手招きした。
侑士は「な、なんやねん」とビビりながらも足を屈めると、シンは侑士の耳にぼしょぼしょと何かを吹き込んだ。
何を言われたのか、侑士は「鬼や……鬼がおる……」と怯えた顔でシンを見て、がっくりと膝をついた。
するとシンは
「タラララッタター『マッキー』!このペンなら暫く消えないホクロがキレイに描けるよ!頑張って、のびたりくぅん!」と、
憎らしいくらいの満面の笑みで侑士に(どこから出したのか)マッキーを差し出した。
侑士は涙目になり、プルプルと震えながらシンからマッキーを受け取ると
「シンのアホ!鬼!うわーん!」と泣きながら部室を飛び出して言った。何を言われたんだ……!
あんな壊れた侑士、見たことねえぞ!
あの跡部をして『氷帝の天才』と言わしめている侑士をあんなに追い込むなんて。
シンの実力は俺達すら知らないミステリーゾーンだ。
俺と宍戸が侑士の無事を祈りながら、
跡部のホクロが左右対称になるとどんなに可愛らしいかと嬉々として語るシンの話を(多分ひきつりながら)聞いていると、
突然「シンーっ!」と怒りを隠せない跡部の声と共に、スゴい勢いで部室のドアが開いた。
跡部は青筋をたてながら沸騰するんじゃないかってくらいに怒り狂っている。
侑士は襟首を掴まれ、額に『肉』と書かれてぐったりしていた。
何があったんだろう、恐ろしい……。

「シン。何を考えてやがる、…アァン?」

怒りを隠そうともせずに、跡部は低い声でシンを威嚇した。
するとシンは「跡部のことばかり考えてるよv」と満面の笑みで答えた。
俺がああ、そうだろうな、ケッと思っていると、跡部は「そ、そうかよ」と照れていた。
「跡部!そこ照れるとこじゃねぇ!」という宍戸の勇気あるツッコミをまるっと無視して、跡部は
「じゃあ、もっと俺のことでいっぱいにしてやるよ」などとほざいてやがる。
それに対してシンは「あふれちゃうよー」って返しやがった。
うぜぇ、マジうぜぇ。
なんだこのバカップル!
と思っていたんだけど。
今日のシンはおかしい。
いつものシンなら、そんな普通のバカップルみたいな会話は絶対しない。そう、絶対だ。
何かやらかすな、と思っていると。

「ねえ、跡部。目、瞑って?」

頬をピンクに染めて上目遣いで恥ずかしそうに言った。
うえぇえええ!?
とうとう頭やられたのかシン!?
うがあぁああ!?
ああああ跡部が「ああ」って、目ぇ瞑ったああぁあああ!!
ちょ、待っ、お前ら人前で何やろうとしてんだあぁあああ!!
シンは左手をそっと跡部の頬に添え、右手でポケットから何かを取り出し……?
取り出したのは、マッキー!?
そのまま器用に片手でキャップを外し、跡部の左目の下に、ホクロ、を…………描いたあ!!
瞬間、パチッと目を開けた跡部。
「シン。何しやがった……?」
「跡部のホクロを左右対称にしてみた!」
「そうそうホクロを対称に…って、アホーっ!お前はアホか、アホなのか!!」

怒りの余り、跡部はノリツッコミを会得した!
おまけに『バカ』じゃなく『アホ』って言った!こんな跡部、見たことねえ!
そしてシンはと言うと。

「跡部!スゴくイイ!スゴくイイよ!思った以上だよ!サイコーだよ!チャームポイントの泣きボクロが二つに増えたよ!
超萌えるよ!右目のホクロはエロカッコよくて、左目のホクロはエロ可愛い!完璧パーペキパーフェクトだよ!」

キラキラとしたものっそいいい笑顔で興奮していた。
そんなシンに毒気を抜かれたのか、跡部は「そうか?」なんて満更でもない顔をしている。
いや、跡部…その反応、間違ってるから…。
宍戸は最早突っ込む気力さえ起こらないようで、ぐったりしていた。
笑顔でほめちぎるシンと、嬉しさを隠しきれずににやけている跡部を見ながら、俺は小さ く「シン…、恐ろしい子…」と呟いた。
そして心の中で密かに思った。
「シン、グッジョブ」と。





 阿呆ですね!(満面の笑顔で)




きよのさんと示し合わせてシンが書いた続編





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