あいつは悪魔の子に違いない。
自分は常々そう思っている。



部誌を出して来るから待ってろと言われ、シンは左右対称ホクロの跡部を笑顔で見送るとそのまま部室に居座った。
「いやあしかし可愛かったなあ!超萌えるよね!見た!?」と、興奮冷めやらずといった様子で同意を求めてくる。
「ああ…そうだな…」
「似合って、たな…」
どっと疲れた、そんな表情を隠しもせず宍戸と岳人が相手をしているのを横目に見ながら、よろよろとロッカーを開いた。
扉に付いた小さな鏡には自分の悲壮感漂う顔とずれた丸眼鏡、ぼさぼさにされた前髪から覗く額の「肉」の字が映し出される。
手櫛で懸命に髪を整え額を隠したが、多少目立たなくなったところで油性ペンで書かれた文字が消える訳ではない。
何で自分がこんな目に……。
あの日、いつものように売り子に全部任せて、自分のスペースになど行かないでおけば……。


「忍足ぃ!?」
ざわついた館内でもはっきり聞こえる程の大声で呼ばれた。
まさか、この声は……、
「シ、シン!?」
ぱんぱんに膨れた物凄く大きいトートバッグを肩に掛け、首からカエルのがまぐちを下げたシンが小走りに近付いて来る。
会場内では大声出したり走ったりしたらあかん、そんな考えが無駄に頭をよぎったが口に出す余裕はない。
何でシンがこない所におんねん!?いや普段から跡部跡部言うてるシンやから当然と言えば当然やけど、
せやけど何でよりにもよって自分がここにおる時に見付かんねん……!まずい、まずいで……!
「え、ちょ、何であんたそん中にいるの!?え、そこ、私さっき買ったよ!?」
自分の狼狽に気付かれたのかそうでないのか、しかしシンも負けないくらい驚いた表情で捲くし立ててきた。
「え、いや、あんな、ちょっと、な、」
どないしてん忍足侑士、いつものポーカーフェイスはどないしてん!自分で自分にツッコむが、上手い言い訳は出て来ない。
「………」
「………」
「……そっか、忍足だったんだね、これ描いてた人」
沈黙ののち、にっこりとシンが呟いた。ざあっと顔が青褪める。
「…っいや、ちゃうねん、偶々手伝いにきとってな!?」
「じゃあご本人どなた?」
「……、そこ、の、ショートカットの子やで?」
「うん、私さっき、その方に差し入れ預かって貰ったよね。本人に渡しておきますって笑顔で言われたよね」
にこにこしながら、因みにさっきとスペース内の面子も変わっていないよね、とも告げられた。
「そっか、忍足だったか〜。いっつもいっつも本人不在で周りの子も知らないし、謎めいてたんだよね〜」
……せめて今おらん言うとけば良かった……。
パニックしている頭では、最早誤魔化す術は見付からなかった。
「ここの本、良いよね。無茶苦茶鬼畜な忍足と翻弄される跡部のぐっちょんぐっちょんの激エロ忍あ…」
「わ〜っわ〜っ!!」
笑顔できわどい表現をするシンの言葉を必死になって遮る。
ど、ど、ど、どないしよ、ば、ばれて、ばれてもうた……!!
ばくばくと心臓は早鐘を打ち全身から脂汗まで吹き出て来たが、勿論シンはそんな狼狽など気にも留めない。
「へえ〜そっか忍足か〜。まっさか自分を鬼畜攻にするとはねえ〜。虐められる跡部の描写が秀逸だよねえ〜」
すごいよ忍足〜!
相変わらずにこにこしながら、ぽんぽんと肩を叩かれる。
しかし単なる賞賛の為だけの笑顔ではない。判りたくもないのに、判ってしまう。
シンにこの手の笑顔を向けられた時は、ろくなことがないのだ。
「ていうか忍足にこんな趣味があったとはねえ〜。跡部が知ったら、物っ凄く面白い事になりそうだよねえ〜」
や、やっぱり……!
「ちょ、まち、跡部に言うのだけは勘弁……!」
みっともないほどおろおろしている自分に気付きつつも周囲に気を配る余裕などなく、必死になって懇願する。
「ん〜、忍足の今後の態度次第だよね」
満面の笑顔で脅しをかけてくるシンに、鬼でも見るような目を向けてしまったのは致し方ない事だと思う。
「いやあでも忍足のくせに壁なんて凄いじゃん!いっつも並んで大変だったよ!」
取り敢えずこれから新刊は毎回1冊ずつ貰うね!
ちゃっかりした要求を付け加えられるのを、自分は呆然としながら、何処か遠くの方で聞いていた。


さっきシンに手招きされて耳元で囁かれた言葉。
『私、今日あんたの本、持って来てるんだよね』
ほんまの鬼をあの時見た。
何ちゅう脅しかけてきよんねんこいつ。
「……ちゅうか、シンかて喜んでるやんか……共犯ちゃうんかこれ……」
皆に背を向けロッカーの鏡を暗い表情で見詰めながら、ぽつりと呟く。
自分の描いた本を楽しんでいるシンだって、立場は一緒なのではないだろうか。
宍戸と岳人を巻き込んでハアハアしながら跡部語りをしていたシンだったが、しかし耳聡く反応する。
「それはそれ、これはこれ。跡部が私とあんた、どっち信じると思う?」
「……いや、俺に言わせればどっちも信用ならねえけどな……」
何の話か判らないまでも岳人は非情な突っ込みを入れるのを怠らない。
具体的には知りたくねえけどな。
そんな思いと共に、宍戸と2人で同情の眼差しを自分に向けているのが、背中越しにもひしひしと伝わってくる。
うん……ええねん、2人は知らんでええねんで……ふふ……と、心の中で乾いた笑いを立てた。
このままずっとシンの手の内なんやろか、と絶望を感じながら、しかし同時にひっそりと誇らしい気分にもなっていた。

自分の萌を詰め込んだ本達は、あのシンのお眼鏡にも適ったのだ。





後書き(?):
忍足が可哀相ですみませんでした(きよのさんとシン2人からの言葉)。あとナチュラルにオタリですみません。
しかしまさか第2弾を頂けるとは思っておらず、その時点で爆笑でしたよね!
自分きもい……!上目遣いとか激きもい……!しかし行動が全てに於いて自分丸出し……!
そして阿呆な跡部景吾に尋常でなくときめく……!可愛い……!阿呆で可愛い……!
と言うかきよのさん、昨今の中坊男子はきんにくまんとかがらすのかめんとか知らないと思います!(笑)
因みにシンは実際には、イベント会場では走らないよう気を付けています。事故に繋がるので皆様もご注意★
中坊男子が発禁本を出しているとか義務教育中なのにサークル主だとかは気にしてはいけません★(愚)
吃驚する程シン像を忠実に描いたシン跡を有難うございました……!

2008.10.9 シン




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