「シン、スカートをはけ」
俺はもう、何度目かわからないくらい繰り返し言ってきた言葉を、再び告げた。
するとシンは、これまた何度も言われて聞き飽きた言葉を返してくる。
「嫌だ」
「何で嫌なんだよ。」
「嫌だから」
「俺がはけって言ってんだぜ?」
「あんなピラピラした心許ない布っきれ、絶対嫌だ」
「はけ!」
「嫌だ!」
「はけってば!」
「嫌だってば!」
何度言っても、シンは嫌だの一点張りで言うことを聞こうとしない。
「俺の言うことを聞けねえってのか、アァン?」
睨みつけるように言ってやると、シンも同じように俺を睨みつけながら
「何でアンタの言うことを聞かなくちゃなんないの、アァン?」
と返してきやがった。
「そんなの、俺の彼女だからに決まってんだろうが!」
「彼氏なら彼女の意志を尊重しやがれ!」
ああ言えばこういう。
全く、何でこの女を好きなのか、わけわかんねえぜ。
「そんなに嫌なのかよ」
「そんなに嫌だよ」
「どうしても、かよ…」
俺は、少ししょんぼりしながら言ってみた。
忍足が、シンに言うことを聞かせたかったら、しょんぼりした姿を見せればもえーとか言いながら
言うことを聞いてくれるはずだっていってたからな、とりあえず、実行してみた。
するとシンは本当に「ヤバい。しょんぼり跡部もえる」と言って、なんだかえらく興奮していた。
忍足が何故そんなにシンの動向に詳しいのかはわからないが、只の変態伊達眼鏡じゃなかったってことだな。
そしてシンは、少し考えた後、
「…じゃあ、どうしてもはいて欲しいって言うんなら、『景吾はシンちゃんにスカートはいて欲しいにゃん!』て可愛く言ってよ」
と言いやがった。
「は!?」
「にゃんの後に、ちゃんと小首傾げてね」
「何で俺様がそんな事やらなくちゃいけねぇんだ!」
「私だってどうしても嫌だってことするんだから、跡部だって私の言うことを聞いてくれたっていいじゃない。
そしたらはいてやらないこともない」
「く…っ!」
一筋縄ではいかない奴だとは思ってはいたが、まさかこんなこと言ってくるとは…!
さすがにこの俺のインサイトでも見抜けなかったぜ。
…にゃんとか言いたくはない。
言いたくはないが、言えばシンはスカートをはく。
…何なんだ、この究極の二択は。
どちらにしても俺が損をする気がするのは気のせいなのか…!
俺は暫く悩んだ後、決断を下した。
「シン」
「何」
「…………………言う」
「マジか!?」
「…………………ああ」
「ちょ、待っ、ビデオカメラ…」
「ちょっと待て」
「何!邪魔すんな!」
「本当に待て。…何しようとしてやがる」
「決まってんだろうが!にゃん跡部を映像に残していつでもどこでも楽しめるようにするんだよ!…ヤバい、超もえる!!」
「ダメに決まってんだろー!!」
「ケチ!」
「ケチじゃねえ!そんな事したら、お前がスカートはいた時に篠山●信呼んでグラビア撮影会みたいに撮らせるぞ!
それでもいいのか!?」
ムチャクチャなことを言ってる自覚はあるが、そんな姿が後世に残るなんて、絶っっ対に嫌だ!
肩で息をしながらお互い睨み合っていたが、それを破るようにシンはフッとため息をひとつこぼして、
「おっけ、わかった」
と、フッと溜め息をひとつつき、両手を肩の横まで上げ、頭をふりふりした。
なんだ、このしょうがないわねーみたいな雰囲気は。
甚だ納得いかないが、とりあえず俺の醜態が後世に残る不名誉だけは避けることができたみたいだ。
「じゃ、やって」
「約束は守る。俺が言ったらお前もスカートはけよ!」
「いいから、早く!脳内カメラはいつでも準備OKだから!」
シンは何をそんなに興奮することがあるのかって位に早く、早くと手拍子まで始めてあからさまにワクワクしている。
そんなシンの頭を本気で心配しながらも、俺はシンにスカートをはかせるべく心を決めた。
「よし、言うぞ」
「おう、いつでも来い!」
俺は大きく深呼吸し、頭の中でスカート、スカートと思い浮かべた。
「よし!」
「こい!」
「じゃあまず目を瞑れ」
「何で?」
「見られたくないからだ」
「じゃあ私がスカートはいても目を瞑ってよ」
「うぅ…」
「それでもいいなら目、瞑るよ?」
「…瞑らなくていい。よし!い、いくぞ!」
「いつでもどうぞ!」
「本当にいくぞ!」
「うん!」
「俺は本気だ!」
「わかってるってば」
「俺様の美技に酔いな!」
「キャーッ!酔わせてーッ!」
―20分経過。
ずっと、言おうとはしてる。
台詞も覚えてる。
『景吾はシンちゃんにスカートはいてほしいにゃん』の後、小首を傾げるだけだ。
わかってる。
わかってるのに言葉が出てこねえ…!
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ…」
「無理か」
「、っ」
「無理なんだな」
「いや、出来る!」
「じゃあ、どうぞ」
「う…、け、景…吾、は…シンち…ゃんにス…カー、トは…いて…ほしい………ゃん」
もう恥ずかしくって、死んでしまいそうだ。
跡部景吾、生まれてこのかたこんなにも恥ずかしい思いは初めてだ…!
しかしやった、俺はやったぞー!
その時、歴史は動いた。
はずだった。
そんな俺の感慨を打ちのめすようにシンが言葉を発するまでは。
「はーい、ブッブーッ、残念でしたー。やり直しでーす。」
「は!?」
「跡部は小首を傾げるのを忘れましたー」
「な!?」
「よって、もう一度、最初からきちんとやってくれなきゃ私はスカートをはけませーん」
何てこと言いやがるんだこの女ぁ!
俺が、この俺様がやっとのことで言った事を、全否定しやがったああああぁぁあ!
本気で憎しみを覚え始めた俺に、シンは時計を見ながら、
「ああ、さよならの時間が来てしまいました。残念ながらシンは帰らねばなりません」
「あぁ゛ん!?」
「跡部景吾私設ファンクラブの会合の時間がせまってまいりましたので」
「な、おいコラ、スカートは!?」
「きちんと言えるようになったら考えてて差し上げますよー、だからちゃーんと予習してねー」
「ちょ、待っ!」
「あー、今日はいいもん見れたなー!はにかみ跡部、くあーっ、サイコー!」
ではさらば!と走り去って行った。
そこに残されたのは、シンへの憎しみと憤りと恥ずかしさとまたしてもはいてもらえなかったスカートと、
そしてあんな訳わかんねえ女なのにそれでもまだ可愛いと思ってしまう、俺の心だけだった。
「チクショウ。絶対スカート、はかせてそのままアンアン言わせてやるぜ…!」
俺はリベンジを固く誓い、可愛くにゃんと言うための練習を始めたのだった。
シンが勝手に書いた続編