けいご君はいつでもけぇごと一緒。
これはけいご君のけぇごとのお別れと、侑ちゃんとの出会いのお話です。



けぇごはお母様から貰った、大切な大切なお友達のクマさんです。
お母様は渡すとき

「このクマさんは、景吾の成長を見守ってくれる大事なお人形よ。お母様もその又お母様も、それは大事にしてきたの。だから景吾もクマさんのこと大事にするのよ」

と優しく言って聞かせましたが、小さなけいご君はまだ意味が良く分かっていませんでした。


『大事』だとか『見守る』だとか。


「クマさんが大切な気持ち。それが『大事』という事だよ」

と、おばあ様は言っていましたが、それでも良く分かりません。

それでも「クマさんと仲良しならそれでいい」と、おじい様が言うので、それでいい事にしていました。

このクマさんには、自分の名前を付ける決まりになっているらしいので

『けぇご』

と名前を付けたのでした。
けぇごの首には大好きなゴールドのリボンを、お母さまに頼んでつけてもらいました。





ある日、けいご君はイギリスから飛行機と新幹線に乗って、お父様と一緒に『京都』という街に行きました。
お仕事しているおばあ様を、お迎えに来たのです。

大きな大きな建物に入る時、お父様は言いました。

「ここはお父さんの会社の一つなんだよ。景吾もいずれお世話になるのだから、キチンとご挨拶をするんだよ?」

会社とは、お父様がよくけいご君に教える言葉でした。
だからけいご君は、会社が何をする処なのか位はちゃんと分かっていましたので

「はい!」

と元気よく返事をしました。

「いい子だね、景吾」

と、お父様はいつも通り頭を優しく撫でてくれました。


会社の中に入ったけいご君は、会う人会う人みんなに元気よくご挨拶。
みんなも笑顔で挨拶してくれます。

(挨拶って気持ち良いな、でも少し疲れたな)

けいご君はそう思い、お父様が誰か別の人とお話している隙にソーッと部屋を抜け出し、けぇごと探検ごっこする事にしました。
会社の中はやはり何処も同じで、広くて広くて。

元々疲れていたけいご君はくたびれてしまい、ソファの置いてあるお部屋を見つけた時にはもうクタクタ。
ついつい、そのソファでくぅくぅ寝息を立てて眠ってしまいました。




フと目を覚ますと、怖いお顔をしたお父様に抱っこされていました。

「ふぇ?」

と間の抜けた声をあげると、お父様の雷が落ちました。

どうやら『誘拐』を危惧した親心所以なのですが、けいご君にそんな事分かるはずありません。
『誘拐』という言葉も『気を付けなさい』という教えの中でしょっちゅう出てきました。
だけど、ビックリしたけいご君にはさっぱりです。

とうとうけいご君は、泣き出してしまいました。

と、そこへ大好きなおばあ様がやって来ました。

「景吾、おいで」

悲しい気持ちの所にそんな優しい顔で微笑まれては、ますます涙が出てきます。
けいご君は夢中でおばあ様の胸に飛び込みました。

おばあ様はけいご君に、お父様がどうして怒ったのかを優しく言って聞かせ、いつも通り甘い甘いイギリスのお菓子をけいご君のお口にいれてくれました。
今日はけいご君の大好きな、キャラメル味のキャンディです。
お菓子はおばあ様のおまじないのようなもので、悲しい気持ちがなくなるという事でした。

美味しくて嬉しくて。
けいご君がにっこり笑うと、おばあ様もにっこり笑って言いました。

「さ。もう一度、探検しておいで。その代りエレベーターに乗ったり、階段を使ったりしてはいけないよ。この階だったら何処に行ってもいいんだからね」

そうして指切りげんまんをして、ポッケの中にお菓子を沢山つめてもらいました。

再び元気になったけいご君は、けぇごと手を繋ぎ―むしろ引きずって探検のやり直しをすることにしました。




と、そこへ誰か小さな子の泣き声が聞こえます。
不思議に思ったけいご君は、その泣き声のする方向へと歩いて行きました。

どうやら声の主は、大きな鉢植えの陰にいる様です。

「…?」

ひょっこりとけいご君はその陰を覗き込みました。
そこでは真っ黒な綺麗な髪の子供が、寂しそうにシクシク泣いていました。

「オト…ン、おねぇちゃ…っひっく」

しゃくりあげてシクシク泣いていました。
けいご君はなんだか自分も悲しくなってきました。

「どうしたんだ?」

とにかくこの小さな子を泣きやませようと、話しかけてみることにしました。

「…!」

その子は弾かれた様に顔をあげました。
お顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃでした。

「泣くなよ。しょうがねぇな」

と、けいご君は親戚のお兄さんやお姉さんがいつもしてくれる様に、持っていたハンカチでお顔を拭いてあげました。
そんな事はまるっきり初めてだったので、実際には鼻水が顔中に広がっただけでしたが

「おおきに」

と、その子が泣きやんで少しだけ笑ったので、「よしよし」とけいご君は満足しました。

「で?どうしたんだ?お父さまとはぐれたのか?ここはな、俺たまの会社になる所なんだ。だから何でも出来るぞ。みんないい人だから」

と、その子の頭を撫でながら言いました。
会社の何たるかも分かっちゃいませんでしたが、この際何でも出来る気がしていたのです。

「…ォ、トン、とな。はぐれてん」

「おとん????なんだ、それ?おとんっていう人と来たのか?」

「ちゃう!そうや…ないねん…ォトンは、ォト…」

イギリス在住のけいご君は日本語は出来ても、『関西弁』はまだまだ未知の言葉です。
オトン=お父さんだなんて、分かるはずもありませんでした。

一生懸命、その『オトン』という人がどういう人なのか考えましたが、やっぱりちんぷんかんぷんです。
そうこうしてる間にも、その子はまたシクシク泣き始めました。

慌てるも慌てないもありません。
折角泣きやんでくれたのに又泣き始めたその子を泣きやませようと、けいご君は必死になりました。

「これ!これやるから泣くなよ!」

と、先ほどおばあ様がくれたお菓子をあげてみました。
それでも泣きやみません。

今度は最近覚えたばっかりの、ロンドン橋のお歌を歌ってあげました。
それでもやっぱり泣きやみません。

「…むぅ」

とけいご君は唸って考えました。
けぇごはと言えば、座り込んでウンウン唸っているけいご君のお腹とお膝に挟まれて潰れてしまっています。

「!」

けいご君はひらめきました。
そしてその子をぎゅうっと優しく抱きしめて、ほっぺにちゅうしました。
今まで泣いていた子は、びっくりしてけいご君を見ました。

「おばあ様はな、俺たまが泣いていると、いつもこうしてくれるんだ」

満足げに言うけいご君。
しかし、その子は一瞬だけ泣きやんで再び、今度はもっと寂しそうに泣き始めてしまいました。

けいご君は途方に暮れてしまいました。
こんなに頑張っても報われないのは、生まれて初めての経験だったからです。
とうとう泣き出しそうになりましたが、でも、泣いてはいけない気がしました。
この子をずっと守ってやりたい気分になっていたからです。

涙が滲んできた頃、とってもいい考えが浮かびました。
だけど、それは同時に悲しくもなるものでした。
考えただけでも涙が零れそうになります。

けいご君はけぇごを一度だけぎゅうっときつく抱きしめて、決心しました。

「これ、あげるから。だから、泣くな。俺たまの大事な大事な宝物だ。けぇごって言うんだ。だから泣きやめよ」

ここまで泣かないように言うには、小さな泣き虫のけいご君にとっては大変なことでした。
もう涙はポロポロと落ちかけています。
だけど、直ぐに嬉しくなりました。
その子がやっとの事で泣きやんだからです。

「わぁ!かわえぇ!」

ぱぁっと一変してふわふわ笑い始めました。
それを見てけいご君は、もっと嬉しくなりました。

「おう!大事にしろよ!」

とは言ったものの、今ままでお風呂とトイレ以外はずっとずっと一緒だったけぇごです。
今度こそ涙が零れそうになりましたが、その時おばあ様が言っていたお約束を思い出しました。




――景吾。このクマさんはね、景吾が成長した時に手放すものなんだよ。
だから、景吾の手を放れたという事は景吾が成長したという事なんだ。
成長と言うのはね、もう人前で泣かないよってことなんだ。
誰かの為に涙を堪えることなんだよ――――



それは、泣き虫のけいご君にぴったりの『成長』の意味でした。

じわりと浮かんできた涙をゴシゴシ拭いて、けいご君はその子の頭を撫でてやりました。

と、その時

「侑!」

と、大人の男の人が走り寄ってきました。

「オトン!」

と、侑と呼ばれた子は男の人に駆け寄り、抱っこしてもらっていました。


「まったく、心配したじゃないか」

「ごめんなさい」

と言葉を交わしているのを見て、けいご君はやっと『オトン』という言葉の意味が分かりました。

『お父様』のことだったんだ…

と納得して

「俺たま、又新しい日本語を覚えたぞ!」

えっへんと胸を張りました。

『侑』と『オトン』が何やらお話していましたが、けいご君は自分の物ではなくなったけぇごを見ているのが辛くて、その場から駈け出しました。

その日からけいご君は、おばあ様の前でさえ滅多に泣かないようになりました。









雨、氷るの忍受けかじり虫、雅様より頂きました!
頂いたメールにあったテディとけいごネタに興奮して上の落書きを勝手に送り付けたら、まさかの絵本調SSになって戻ってきました!
ぎゃああぁ可愛い……!!ちっさいけいご……!!ちっさいけいご……!!(繰り返した)
愛おし過ぎてちょっと泣いたよ!!(何でだよ)可愛過ぎる若かりし頃のけいごとゆうしを有難うございました!!
2009.5.13 シン




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