「ホンマに先輩らキモいっスわ」
その日も相変わらず、この目の前の先輩2人はべたべたとくっついていた。
練習後の部室。もう殆どの部員が帰途に着いていたが、残った者も丸きり無視で気にも留めていない様子だ。
普通に離れて着替えれば良いものを、いちいちボディタッチしてみたりボタンを掛け合ったりしている。
監督の言葉を鵜呑みにして四六時中くっついているようだが、冗談にしても悪趣味だ。
「笑い取る為やからって、ホモホモ言われて恥かしくないんスか」
だから、ありのまま思ったままを言葉にしてやったのだ。
曲がりなりにも部活の先輩が、そこかしこでホモ扱いされ馬鹿にされるのは、決して気分の良いものではない。
「何や光ぅ、妬いとるん?可愛えわぁ」
「浮気か!」
飽きもせず同じ掛け合いをする2人。思わず溜息が出た。何故自分の苦言がこうも曲解されるのか。
「せやからキモいっスって……中3にもなって、そんな……」
我乍ら心底呆れたような声が出たが、しかしそれはすぐに遮られる。
「阿呆やなぁ光、今やから出来るんやで」
「……は?」
「俺らかて阿呆やないからな、こない堂々といちゃついて冗談で済まされんの、今の内だけや、判っとるわ」
な〜小春〜
あぁんもうユウくんたら大人やわぁ惚れ直してまうわ〜
あっさり言い放ったかと思うと、2人は再び「いちゃつき」始めた。多分、見せ付けるように。
「………」
自分の事など眼中にないとばかりにべたべたとしながら着替えを再開したので、掛ける言葉もなく顔を背ける。
軽く混乱していた。この口振りからすると、もしかして、いやもしかしなくとも、自分の認識は間違っていたのだろうか。
冗談ではなく、それこそ計算でもなく、2人は、
「光、いつまで掛かっとるん、もう閉めるで」
頭の中をぐるぐるさせながらバッグの中の荷物を意味もなく出したり入れたりしていると、部長から声を掛けられた。
はっとして顔を向けると、2人はすっかり身支度を済ませて先に部室を出ようとしているところだった。
「…ぁ……」
小さく声が漏れ、慌てて口を噤む。掛ける言葉など、何も浮かんでいやしない。
仲睦まじく肩を組む2人の後ろ姿がドアの外に消えるのを、呆然と目で追うしかなかった。
「……何やねん……」
呆然としたまま、ぼそりと呟く。
もしかすると今のあれすらタチの悪い冗談の続きで、実はと見せ掛けて矢張り嘘だったりするのだろうか。
そんな風に悶々と考えては混乱するばかりの自分に、横からあっさりと答えが出される。
「何や、光はあいつらがマジやて気付いとらんかったんか」
自分の呟きを聞き付けた部長が、そう話し掛けて来た。
「……はあ」
「部の奴らは知っとるで。まあ、色んな人間がいるんや、ほっとき」
「……はあ」
間の抜けた声しか出て来なかった。
「そんなんよりもう閉めんで、はよ出えや」
再び急かされる。気付けば部室内には自分と部長しか残っていない。
「あ…、すんません」
慌ててバッグを担ぐと外に出る。
今日は約束あって急いでんねん、ほなお疲れ、そう言いながら走り出す後ろ姿に挨拶した。
そしてそのまま、部室の前で立ち尽くす。
……ほんまか
本当に存在するものなのか、しかもこんなに身近に。冗談でもなく、計算でもなく。
動揺を隠せない。こんな事、すんなりと受け入れられるものではない。
今までずっと本気になどしていなかったのだ。悪趣味だが、唯の冗談だと。試合相手を食う為の。
だから、自分は、いつも、気にも留めず、
言葉を。
「…っ……」
知らず、口元に手を当てていた。ざわざわと落ち着かない気分になる。
何やねん、先輩ら、何やねん。
ぐるぐると考えの纏まらない頭の中で意味もなく悪態を付いた。立ち尽くしたそこから、動けないまま。

自分はこれからどうすれば良いのだろう。





後書き:
関矢堂史上初、跡部景吾が露ほども出て来ない話です。突然四天宝寺。
激ノンケだった天才財前君は大変な衝撃を受けました、という。2人はホンモノ設定。
続くような気がしないでもないですが予定は未定です。

2009.3.19 シン




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