そのファーストフード店は、放課後、小腹の空いた学生達でそこそこ賑わう場所だ。
そこかしこでひっきりなしに聞こえてくる喧騒。
何を話しているのか時折上がる馬鹿笑いや、女の子達の甲高い声。
俺達もきっと、同じその中の一組として、他愛もない時間を潰している友達同士に見えるだろう。
それが何をしなくともとにかく目立つ容貌の、青みがかった瞳を持つ彼と、
軽薄なオレンジ色の頭が別の意味で目立つ俺と、他より少しばかり多めに人目を引く2人でも、多分。
そして俺達は、どうでも良い、他愛のない、取り留めのない会話を交わしている。

「−…てさ〜南が言うんだよ〜?酷いよねえ」
「安心しろ。誰がどう聞いても酷いのはお前の方だ」
「え〜?そ〜お?」
そんなことないのに〜。
わざとらしくむくれた表情をして見せると、ブッサイクな面!と、跡部君が噴き出した。
普通に考えるとここで酷いのは多分跡部君だけれども、珍しく結構笑っているのを見て嬉しくなった俺は、
「ちょ、何だよそれ、酷くない?」と非難の声を上げながらも、一緒に笑った。
今日は割と機嫌が良いみたいだ。いつもはこんな風な反応はなく、冷たく笑われて終わりだもの。
勿論それは単なるポーズみたいなものだし、
すっかり慣れっ子になった俺は、そうされても微塵も気にしないのだけれども。

「え〜ほんと〜!?まあくん大好き!」
一際高く大きな声が耳に届く。
声のした方に目を向けると、ボックス席なのに隣同士で並んで腰掛けている、
同じ制服を着た男の子と女の子が、指を絡めるように手を繋ぐ所だった。
俺達と平行しているその席の様子は、跡部君にも見えたらしい。
僅か顔を顰めすぐにこちらに向き直る気配が感じ取れた。
他の席の人々も、それぞれに溜息をついたり冷笑 したりしながら、またそれぞれの会話に戻っていく。
そんな周りの様子は少しも気に留めずに談笑を続ける2人の、その繋がれたままの手を、
俺は暫く見詰めていた。
「人目も気にせずあんなうざってえ事が出来る奴らの気が知れねえ」
跡部君の呟きが耳に入り、漸く正面に向き直る。
これは彼なりの牽制なのだろう。まるで魅入るように見ていた、俺に対しての。
「……まあね〜、俺達にはちょっと、出来ないかもね」
「………」
俺の言葉には返事をせずにそっぽを向いた跡部君の、頬杖をついていた手首を取った。
やはり珍しく油断していた彼は、いきなり頬杖を外され漫画みたいにがくんとなった。あは、可愛い。

気が逸れていたのは、俺と同じ気持ちになっているからだと、良いのに。

「ま〜ま〜どうせちょっとふざけてるようにしか見えないって、ほら、」
昔こんな遊びしなかった?すかさず睨みつけてくる跡部君に明るく笑いながら、
手首を掴んだまま手の平を上向かせた。そこに指で、文字をかいていく。
途中、「くすぐってえよ馬鹿」と文句が飛んできたけれども、振り解く事はしない。ちょっと面白いのかな。
”あ・と・べ・さ・ま”
「……くっだらねえ」
思ったとおりの反応で、思わず笑ってしまった。それを見て取った跡部君が、顰めっ面をする。
「ま〜そう言わずさ、跡部君も何かかいてよ」
自分の手の平を差し出し促すと、割とすんなり手に取り、俺のそこに人差し指を当てた。
するすると手の平を撫でる指先の感触は、確かにくすぐったい。
”ば・か”
「ひっでー、いつもと変わんないじゃん。折角なんだから、何か内緒っぽいのとかさ」
「てめえこそ捻りなかったじゃねえかよ」
じゃあどんなんだよ、むすっとした顔をして見せながら、それでもほんの少し楽しそうに。
そんな彼の様子を眺めていると、何故だか、きゅうと胸の締め付けられる気持ちがした。
「ん〜そうだな〜」
それを顔には出さず、もう一度跡部君の手を取ると、また手の平に文字をのせていった。
さっきよりも、ゆっくりと。
”す”
”き”
「………」
だって、折角なんだから。どうせ周りの誰にも、判らないのだから。

俺達には、あんな風に手を繋ぐ事は、出来ないから。

声には出さず呟いた、俺の言葉が、手の平から伝わったのかも知れない。
跡部君は、文句を言ったりはしなかった。
それから、今度は自分から俺の手を取った。
もう片方の手を持ち上げて、けれども俺の手の平にのせられる事はなく、また下ろされる。
「……バーカ……」
結局その代わり、また悪態をつかれた。するりと手が解かれる。
ちらりと上目遣いでその顔を覗き込むと、目が合った。跡部君はやっぱり珍しく、少しだけ力なく微笑んだ。

どうしようもなく、口付けをしたくなった。
その手の平に。

ここではそれは、叶わないのだけれども。





後書き:
好き合っていても胸を張って言えない関係に、ちょっと切ない気持ちになった千石。
別に千石は周りの目など気にならないものの跡部の気持ちを考えて、とかにきゅんきゅんします。
逆に大衆の面前で「跡部君大好き!」と抱き付いて本気で殴られる千石なせんべもきゅんきゅんします。
あと人目を気にする千石な逆のパターンでもきゅんきゅんします。つまり何でもきゅんきゅんします(愚)。

2007.2.23 シン




novel top