例えば、すぐ後ろの朴訥とした表情を見上げ、この胸の内を伝えたならば。
お前は一体、どんな顔をするのだろう。
ごつごつとした大きな手が、ドア脇のスイッチに伸びる。
室内が暗くなるのをドアの外から見届けると、ポケットから鍵を取り出す。
ゆっくりと丁寧に閉められたドアを施錠し、脇に避けていた樺地に軽く視線を投げる。
反応を待たずドアに背を向け、歩き出す。後ろから付いて来る気配を感じ取る。
毎日繰り返される、部活帰りだ。
いつも、変わらない。いちいち言葉など必要としない。
それはとても心地の良いものだったが、最近は少し、胸の内がすっきりとしない。
そしてその理由を、俺は自分自身で判っている。
どうしても、抑え切れない熱を覚える時がある。
「跡部さん」
自分に向けられる、年齢にそぐわない低く落ち着いた声を思う。
自分を映す、穏やかで真っ直ぐな、純粋さを湛えた漆黒の瞳を思う。
そして、想像する。
ごつごつとした大きな手を取り、その指に自分の指を絡ませたならば。
鍛えられた腹筋の隆起をなぞるように、擽るように、掌を這わせたならば。
がっしりと固い、大きな胸板に頬を摺り寄せたならば。
太く逞しい首筋に悪戯に息を吹きかけ、舌を這わせたならば。
多くを紡がない噤まれた唇に、自分のそれを、重ね合わせたならば。
滅多に崩れない無表情を熱に浮かす事は出来るだろうか。
触れたい。触れられたい。
そんな事に焦がれる自分がいて、どうしようもなく熱くなる浅ましい身体があるのだ。
「……っは……はぁ、」
熱く、荒い息が漏れる。
そこを擦る度に先端からは透明な液が溢れ、握る手を濡らす。
くちゅくちゅと軽薄な水音が立つのを聞きながら、樺地も同じようになるのだろうかと考えた。
熱を持ち、固くそそり立ったそこに指を絡ませれば、びくりと身を震わせ、熱く吐息し、
先走りを茎全体に塗り込めるように扱いてやれば、切なげにひそりと眉を寄せ、
とろとろと液を溢れさせる先端に意地悪く爪を立て括れを擦れば、息を詰め瞳を潤ませ、
快楽に耐えるように握り締められた手を取り、するすると撫で開きながら自分の元へ導けば、
おずおずと、それでもそこに触れ、武骨な手からは想像もつかない程の繊細さで以て、
この持て余された熱を優しく追い上げ、追い詰め、開放させてくれるだろうか。
そしてこの手の中に同じように、その熱い欲望を吐き出してくれるだろうか。
逞しい、自分よりもずっと大きい身体をぶるりと震わせ、熱の篭った呻きを漏らし、
上気した頬を、快感に溢れた涙が伝い。
「っ、……は……っ」
樺地。
瞬間、その名を呼んだが、掠れた声は唯の吐息となり、虚空に混じり消えていった。
どくどくと吐き出される白濁は、自らの手を瞬く間に汚していく。
熱の余韻に頭はぼんやりとするのに、一方で、同時に片隅から急速に冷めていくのを感じた。
肩で息をしながら、同じようにみるみる冷めていく手の中のものに、気怠げに視線を落とす。
こんな浅ましい欲望を付き付けたら、お前は一体、どんな顔をするのだろう。
いつからだろう。こんな愚かしい気持ちを抱くようになったのは。
じくじくと広がる膿んだ傷口のように、ねっとりとした痛みを以てこの胸を蝕んでいく想い。
すっかり冷え、気持ち悪く纏わりつく自分の手のそれを拭いながら、
この想いも一緒に拭い去れないだろうかと、ぼんやり思った。
樺地が後ろを付いて来る。
担がれた2人分のバッグが立てる、かちゃかちゃという音が微かに耳に届く。
会話がなくとも息が詰まる事はない。いつもと変わらない。これからも変わらない。
この胸の内を、曝さない限り。
ふと、足を止める。
「樺地」
振り返り、無垢な瞳を見上げる。
俺に合わせて立ち止まると、合わされた視線を外さぬまま樺地は小さく首を傾げた。
大きな身体に似合わぬその仕草が存外に可愛らしく、思わず笑みを浮かべる。
「……何でもねえよ。早くしねえと置いてくぞ」
言いながらさっさと前に向き直る。
訳も判らないだろうに、特に非難もせず、樺地は低く短い返事だけを寄越した。
再び2人で、歩き出す。
ああ、俺には、この瞳を曇らせる事など到底、出来ないのだ。
それは少しの痛みを伴いながらも、抜け出せない、俺の唯一の居場所だ。
後書き:
以前落として以降、お蔵入りになりかけている跡樺跡漫画の一部を文章に起こしてみました。
ネームを切ったら思いがけず長編になってしまい、某オンリィには到底間に合わなかったのでした(愚)。
まるで報われていない、読後感の悪そうな話ですみません。本編はハッピィエンドです、念の為。
跡部様の自慰とか激きゅんきゅんするよねと趣味悪く書き出したものの、全然エロくなりませんでした。
2006.10.23 シン