「なあ、触ってくれよ、樺地」
咽の奥で低く笑いながら囁かれる言葉。挑発的な微笑を浮かべたまま、するりと腕が伸ばされた。
ぼうと立ち尽くす自分の手首を掴まれ、さり、と僅か撫でられ、
落ち着かない気持ちでその掴まれた手元に視線を落とすと、そこはゆっくりと、向かい合う相手の方へと導かれていった。
「最近、溜まってたんだ。ちょうどお前いるし」
俺の言う事は何でも聞いてくれんだろ
さもおかしくて仕方ない、そんな声音で。言葉尻は自分の耳に、直接吹き込むように。
身を寄せ、肩口に顔を寄せ、耳元に、唇を寄せ。
自分の視線は相手の背中に遮られ、互いの身体の間で触れ合う手は見えなくなる。
自分の肩口に額を預け下を向いた相手には、そこが見えているのだろうか。
開かされた手の平に押し付けられる、布地の感触。手首の辺りに、ごつごつとしたバックルが当たる。
はぁ、と、相手が息をつくのが聞こえた。それから、常では聞く事のない、やけに掠れた笑い声。
「な、こんな事、何でもない。普通の事なんだ。ここを開けてさ」
普段自分で、やる時みたいに
こういう風にする事が普通の事なのか、そうでないのか、自分ではよく判らなかった。
唯、自分の手に重ねられた相手の手が、言葉を紡ぐ相手の顔が見えない事が、酷く残念な事のように思えた。
言葉ばかりで促すでもなく、その手は重ねられたままだったので、
触れているそこを確かめるように、相手の身体と手に挟まれた自分の指を、そこをさするように少しだけ動かしてみた。
「……っ、!」
途端、相手はびくりと大きく身を震わせ、そしてすぐに手加減のない物凄い力でどんっと胸を叩かれた。
思わずよろけながら後ずさる。触れていた手が離され、あ、と思う間もなかった。
「っお前は!言われれば本当に何でもやるのかよ!こんなふざけた事言われても!」
離れた手を目で追っていたところに浴びせられる、悲鳴にも似た叫び声。
視線を上げた先の相手の顔は、怒りの所為なのか真っ赤で、わなわなと唇を震わせながら、ぎ、と睨みつけられる。
まるで、泣きそうだ。そう思った。
「こんなの、普通じゃねえだろ、ちゃんと言えよ、ちゃんと、」
俺を拒否しろよ
息を荒げたまま自分に向けられる言葉。おかしな話だ。しろと言ったのはそっちなのに。
普通だと、言ってくれたのはそっちなのに。
「……、……悪い、ちょっとむしゃくしゃしてたんだ、……からかって、悪かったよ」
痛かっただろ
腕を持ち上げ、自分の胸元を指し示してくる手。こちらまで伸ばして、触れてくる事はなかった。
滅多に聞かない謝罪の言葉を静かに紡ぎながら、相手はちょっとだけ力なく笑った。
まるで、泣きそうだ。
ぼうと立ち尽くしたまま、そう、思った。だから自分も、こんなに苦しいのだろうか。
普通でない自分が、苦しいのだろうか。
後書き:
前後をぶったぎった訳判らん感じですみません。
同タイトルで以前書いたものと同じ話の中から一部分です。樺地視点とか初めて書きました。
こんな飛び飛びで小出しにするなってね……いえオフで漫画で発行したいとは思っているのですが。
中途半端で何が言いたいのかさっぱり判らないような読後感を目指しました(言い訳)。
2007.4.20 シン