「跡部くんが女の子だったら良かったのにね」
普段と変わらない口調で、千石が呟いた。
跡部を下に組み敷いたまま、つい先程まで熱を交わしていたその余韻を、額の汗や整いきらない呼吸に滲ませながら。
一拍のちに跡部から平手を食らうのを、千石は承知の上だった。
屈辱でいっぱいに違いない、目元を赤くしてぎろりと睨みつけてくる跡部に、千石は口元だけで笑い返した。
「あは、いかにも不本意そうな顔」
その薄っぺらい笑顔をどうにかしようと跡部は尚も手に力をこめるが、振り上げるには至らなかった。
「……っ、てめえは俺を侮辱するのか」
シーツの上で拳を握り、息をあらげたまま振り絞るようにして声を出す。
こんなにしておいて。睨みつける跡部の双眸は言葉にならない怒りを湛えながら、
それでいて何処か、痛みを耐えている時のように不安定にぐらぐらと揺れた。
「傷付いちゃった?跡部くん」
そう問いながら千石は、しかし感情のこもらない笑顔を浮かべたまま見詰めるのみだ。
「誰が…っ」
「ねえ、だってさ、そうじゃない」
噛み付きそうな勢いで口を開いた跡部の言葉を遮るようにして、千石がぽつりと言う。
傷付いている。睨み付けてくる強い視線がいっそ痛々しく感じられても、千石はやめなかった。
「跡部くんが女の子だったらさ、もっと柔らかくて抱き心地いいだろうしこんな面倒臭いセックスしなくて済むし、」
跡部の瞳が危うげに一際大きく揺らいでも、千石はやめなかった。
「人前でいちゃいちゃしても何も思われないし、てゆーか跡部くん絶対可愛いだろうから羨ましがられるだろうし」
向けられる視線に僅か訝しみの色が浮かぶのを感じながらそれでも千石はやめず、
「それにさ、」
代わりに視線を逸らすと、シーツに落とした。
「いつか別れるなんてこといちいち考えなくて済むじゃん」
毎日、毎日。考える。
こんな不毛な関係など、続く訳がないと。
千石はもう、笑みを浮かべるのをやめていた。
「こんなに、苦しくなんて、ならないじゃん」
ひっそりと、呟いた。
「……なら……やめるか」
抑揚のない低い声が聞こえ、千石は僅か唇を噛み締める。そして極小さく、そんなの無理だ、と呟いた。
視線を合わせないまま、千石は跡部の髪に手を伸ばし、ふんわりと撫ぜた。
汗を含み幾分しっとりとしている細い髪は、少し頼りなげに千石の指に絡んだ。
されるがままその様子を、跡部は何も言わず、眺めていた。
「……、そんなの、できないよ……、だって、」

離れられるものなら、とうに。





後書き:
随分前からちまちまちまちま書いていました。実は。
何かこういう切なさにいっそときめきます(病)。

2009.10.15 シン




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