紙を捲る乾いた音と、ペンの走る音だけが閑散とした部室内に響く。
部活は随分前に終わり、片付けも済み、少しの間だらだらと過ごしていた他の部員達も今は皆帰途に着いていた。
すっかり陽は落ち、蛍光灯の明かりだけが、白々と室内を照らしている。
ロッカーの脇に設えられたソファに、深く背を預け足を投げ出し、お世辞にも行儀が良いとは言えない姿勢で忍足は、
目の前で黙々と作業をしている相手を見詰める。
覗き見るに、生徒会の仕事を持ち込んで片付けているようだ。
何とか予算案だの何とか報告書だの、ひたすら小難しい文字と数字の羅列ばかりで、
忍足は具体的に何をしているのか詳しく知る気は端から失せていた。
ぼうとした目付きで部室内を見回し、変わり映えしない様子に気を削がれたようにまた正面に向き直る。
視線の先の跡部は、そんな忍足を気にも留めず、ぱらぱらと書類を捲り何かを書きつける動作を繰り返している。
忍足は、こそりと欠伸を噛み殺した。


片付けが終わり皆が身支度をしている中、後輩の樺地に「遅くなるから先に帰れ」と声を掛けると、
制服に着替えた跡部は自分の荷物を携えソファにどかりと腰を据えた。
それを見て取った忍足は、身支度を整えると一緒に帰ろうとする誘いの声を断り、自らもソファへと向かった。
無言で腰を下ろすと、気付いた跡部はあからさまに顔を顰める。案の定や、忍足は心の中でひとりごちる。
「……お前にも聞こえたと思ったんだがな?」
先程、樺地に掛けた言葉の事を指しているだろう事は明らかだが、にっこりと笑い、
「俺が勝手に一緒にいたいだけやから、俺が勝手にここに座っとっても問題ないやろ?」
そうのたまった。
跡部は憮然とした表情で、しかしそれ以上は咎めず、「……本当に遅くなるぞ」とだけ言った。
どうせ何を言ってもこの男は、すごすごと引き下がったりなどはしないだろうと、知っているからだ。

それからはお互い余計な声は掛けず、跡部は作業に没頭し始めた。
初めこそ忍足も、何か手伝う事は無いかと跡部の負担を気に掛けたが、
「俺が全部に目を通さなけりゃなんねえんだ」とばっさり言われ、それ以上は何も言えず、
こっそりと肩を竦めるだけに終わった。
他の者達が帰って行き二人きりになってからも、もう30分以上は経つ。
不謹慎だと思いながらも忍足は、胸中で「飽きた…」と呟いた。
そして相変わらず黙々と作業を続ける相手の俯いた顔の、伏せられた長い睫毛を眺めるにつれ、
段々と、うずうずと落ち着かない気分になって来た。

忍足はだらしない座り方を正すと前のローテーブルにそっと両手を付き、軽く前のめる形で上半身を跡部に寄せる。
「……なぁ跡部……」
囁くように名を呼ぶと、長い睫毛に縁取られた両の瞳が、ちらりと忍足に向く。
綺麗な深い青。じっと見詰められると全てを暴かれてしまいそうに、真っ直ぐで、美しい。
ほんの少し鼓動が高まるのを感じながら忍足は、内心を悟られまいと口を引き結び、それを受け止める。
跡部は俯いていた顔を上げると軽く髪をかき上げ、無言で次の言葉を促してきた。
「んーちょっとな……」
含みを持たせるように、曖昧な微笑を浮かべながら言葉を濁す。
忍足の様子に、跡部は眉を顰め目を凝らすように細めるとまた開き、徐に見上げると、妖艶に、微笑んだ。
「……へえ……?」
笑いを含んだ、楽しそうな声だ。
ああ、跡部や、じわじわと自身の中に篭っていく熱を感じながら忍足はそう思った。
「キスしたい」
思わず口をついて出る。こんなに直接的に欲求を口にするつもりはなかったのに、
相手を正面から見据えたまま、気付くとそう、呟いていた。
それを受けた跡部は面白そうにひょいと片眉を上げ、そして低く笑いながら忍足の頭を掴み引き寄せ、口付ける。
「…バーカ……」
離れ際、囁きながらもう一度唇を食むようにされ、微かに、背筋をぞくりとしたものが走った。
「ん……何や、お見通しかい」
苦笑を浮かべながら、テーブルを避けて跡部側のソファに腰を下ろす。
「当然だろ、あん……?」
無遠慮に隣に座って来るのは咎める事なく、ねっとりと下唇を舐めながら勝ち誇ったように言ってのけると、
跡部はくつくつと笑いながら忍足の髪に指を絡ませた。
「…おら……これだけでいいのかよ……?」
こんな得意気な振舞いも、忍足には可愛らしく見えて仕方ない。
指先を絡められる感触の心地良さに目を細め、下唇を吸うように口付ける。
跡部の口から小さく、鼻に抜けるような声が漏れ出るのを聴き、忍足はこそりと含み笑いを漏らす。
「ええん?ここで押し倒しても……それに、忙しそうやし?」
苦笑と共にそう言いながらも、忍足の腕はするりとソファの背から跡部の肩に回された。
少ししてから、あらかた終わった、とぶっきらぼうな返答が返って来る。無粋な質問をするなとでも言いたげだ。
忍足は喉の奥で笑いながら跡部の首筋に唇を落とし、擽るように舌を這わす。
跡部は擽ったそうに僅か身を捩るが、逃げる気配は無い。
肩に回した腕を戻すと緩く締められたネクタイをゆっくりと外し、そのままワイシャツのボタンも外していく。
跡部はされるがままに、その手元を眺めるばかりだ。
何を考えているのか。
忍足は視線を感じながらも動きを止める事なく、首筋、鎖骨、開いた胸元にまで徐々に唇を落としていく。
脇腹を撫でるように手の平を這わせながらその親指でくりくりと胸の突起を弄り、
その感触を確かめると、唇を寄せちゅっと音を立てて吸ってやる。
「…っん…」
「だんだん、かたぁなってきたで…?」
舌先でつつきながら、低く囁く。跡部はぞくぞくとくる快感に息を詰め、徐々に頬を上気させながらも口の端を上げ、
「……あん…?そういうお前のここは、どうなんだよ……」
忍足の下肢に手を伸ばすとズボンの上から撫でるようにする。突然の刺激に、忍足は思わず小さく呻く。
ズボンの上からでももうすっかり判るように形を変えているそこに、跡部は気を良くしたように手を動かし撫で擦る。
「んん…っ…あかんて……俺のは、後でして貰うさかい……」
熱い息を吐きながらも忍足はやんわりとその手を止め、軽く肩を押すとそのままソファの上へと、ゆっくりと押し倒した。




novel top