「また跡部のこと見てるでしょ、日吉」

唐突に、声を掛けられた。
その時俺は少しぼうっとしていて、視線を向けていた先など、そんなに熱心には見ていなかった。
その視界に、この突然寄って来た相手が言うように跡部部長が入っていたのも、単なる偶然だ。
「またって何ですか。妙な言いがかりはやめてくれませんか、芥川先輩」
俺の隣に立ち、先程の俺と同じようにコートを見詰める相手に、顔を向ける。
その横顔は、無表情だ。

今日のトレーニングメニューは一通りこなした。
次の練習まで一息ついていただけだ。特に何か言われるいわれはない。
何とも意味の判らない言いがかりだ。
相手の横顔を見ながらそんな事を考えていると、その口が静かに開いた。
「俺には判るよ。……だって俺も、同じだから」
「……何が……」
同じだと言うのか。
そう問い掛けようとしたが、不意に顔を向けられ思わず言葉を詰まらせた。
視線が、重なる。
その顔は、矢張り無表情だ。怒っているようにも見える。それは俺の思い過ごしだろうか。

「好きでしょ、跡部の事」
さらりと言葉を投げられた。さも当たり前のような物言いで。
少しも何でもない事のように言うものだから、その言葉の意味を理解するのに却って時間が掛かった。
「……何を……馬鹿な事を」
突然何を言い出すのかと思えば。からかっているのだろうか。
相手は相変わらずこちらに真っ直ぐ視線を合わせてくる。何だか、居心地が悪い。
自分の心の内を全て見透かされてしまう、そんな気がしてくる。
馬鹿馬鹿しい。俺はそんな勘繰られて困るような、可笑しな事など考えてもいないのに。
そう、だから少し面食らってしまっただけで、言葉が上手く出て来ないのも、その所為だ。
「俺が…跡部部長の事をよく見ていたように…見えたとしても、別に普通の事じゃないんですか」
部長なんですから。
そう言ってから、射抜くような視線を無理矢理外し再びコートの方を見遣った。
コートやその周りでは、さっきまでと同じように部員達が声を上げながら動いている。
その内の1つのコートで、フォームの指導をしているのだろう跡部部長の姿が見えた。
彼の妥協を許さない厳しさと強さは、しかし俺達を迷わせる事なく圧倒的な力で引っ張っていく。
後ろなど振り向きもしない、その背中。
悔しいがそれは下剋上の目標であるとともに、周りと同じく俺にとっても憧れであるのだろう。
俺達の目指す先を、自らも真っ直ぐに見据えるその姿に。憧れているのだろう。

その強い眼差しを自分にも向けてはこないだろうか。そんな風には少し、思うけれども。
好きだとか、嫌いだとか、そんな女々しい感情など。

「男同士で……馬鹿馬鹿しい事を言いますね」
そんな馬鹿馬鹿しい感情など、持ち合わせている訳がない。
コートの方を向いたまま、跡部部長の動きをぼんやりと眺めながらわざとらしく笑みを浮かべた。
「同じって、じゃあ貴方は、跡部部長の事を」
「馬鹿馬鹿しくねえよ」
今まで聞いた事のない、鋭い声が飛んできた。
「逃げるなら勝手にしろよ。でも跡部はもうお前のもんにはならねえからな、日吉」
どの道お前なんかにやらねえけど。
そう最後に言い放った相手の方に再び向き直った時は、既に俺から背を向けた所だった。
言うだけ言って、自分はさっさと部室の方へ去って行ってしまった。―何なんだ。
何なんだ一体。
意味が判らず気分が悪い。体調が悪い訳でもないのに腹の底の方がぐずぐずと痛い。
何か取り返しのつかない失敗をした時のように身体が冷える感覚を覚えた。
馬鹿馬鹿しい。こんな、
ひっそりと喪失感を覚えるなど。

コートに向き直ると、矢張りさっきと同じように跡部部長は熱心に部員の練習を見ている。
そう言えば部活中、この人のだれた姿など見た事がないな、とぼんやり考えた。
そしてそんな風に思う程、矢張り俺は彼の事を目で追っていたのかと。
ひっそりと、思った。





後書き:
日記でこそこそ書いた物を再録してみました。突然ジロ日跡。……なの?
日吉視点など初めて書きました。基本的に報われない下剋上が好きらしいです(酷)。

2007.7.30 シン




novel top