明かりも付けない薄暗い中、そいつはうずくまっていた。
間もなく部活が終わる時間だ。
少しずつ陽は短くなってきていて、今も辺りは、随分とオレンジ色が濃く暗くなっていた。
後ろに部員達の掛け声を聞きながら、号令の時間になる前に明日の連絡事項を確認しておこうと、部室へと向かう。
今日の練習も追い込みの頃だろう。外から見える部室の窓は案の定、ひっそりと暗いままだ。
まさかそんな中に誰かがいるなど、思いもしなかった。
ドアを開けても、大分陽が落ちている外の光は室内を充分に照らすには至らない。
外を歩いて来る時点でそれは判っていたので、そのまま蛍光灯のスイッチを探り横を向き、
思わず声を上げそうになった。
視界の下の方にもそりと動く影を見付けたからだ。反射的に後退りながらよく見ると、それは自分のよく見知った人物で。
「―…驚かせんじゃねえよ、ジロー」
幾分不機嫌混じりの声で相手の名前を呼びながら、ぱちりとスイッチを押した。一拍置いて、白々とした光が室内を照らす。
呼び掛けた相手はドア脇の壁際に背を預けうずくまり、俯いて膝を抱えている。
先程動いた気配があったのは、膝を抱え直しでもしたのか。今はこちらに返事もしない。気付いているだろうに。
「部長の俺に断りもなく部活を抜け出すとはいい度胸だな。あぁ?」
言いながらドアを閉めると、本来の目的である、連絡事項を纏めてあるノートを取るべく歩を進める。
お互いこんな遣り取りは慣れっこだ。俺がどう凄もうと全く効かないし、俺もその臆さない態度を少し、楽しんでもいた。
そう言えばいつもの明るい反応がないとは、思ったけれども。
若干急いていた自分は、後で様子を見るようにしても構わないだろうと、それきり声は掛けなかった。
それより明日は確か監督が来られないと仰っていた。気を緩めぬようにしっかり言っておかねばなるまい。
そんな事をつらつらと考えながら自分のロッカーを探り、目的の物を取り出す。
片手でぱらぱらと中身を流し見ながらロッカーを閉めドアの方に向き直ると、ジローは先程と同じようにそこにいた。
ただ先程と違うのは、顔を上げ、俺をじっと見詰める視線。いつものぼうっとした顔ではない、どこか思い詰めたような。
それでいて、妙な熱っぽさを感じる。ジローのこんなおかしな表情は、今まで見た事が無かった。
どうしたんだ、近付きながらそう声を掛けようとしたが、相手が俺の名前を呼ぶ方が先だった。
「跡部」
それはいつもよりも低い声で。暫く声を出していなかった為か、幾らか掠れていた。ちょっと寝起きの声に似ている。
そう考えると相手の様子を気遣う気持ちとは裏腹に少しおかしくなってしまい、ふっと笑いが零れた。ジローらしい。
「すげえ声」
「……」
俺の反応に、少しだけぼうっとした眼差しになる。真剣な表情のまま。不思議な表情。
そしてぽつぽつと呟かれる言葉。
「……俺、は。おかしいなんて、思わねえ。馬鹿馬鹿しくなんかねえよ、跡部」
一体何の事か、判らない。唯それを、茶化したりする気にはならなかった。
「なあ、跡部」
また、名前を呼ばれた。俺はジローの目の前で、足を止める。
膝を抱えていた腕を解き、ジローはゆっくりと俺の手を掴んだ。そっと、壊れ物でも扱うように、殆ど力を込めず。
ばかだな、こんなごつごつした手を。伸ばされたジローの手を見ながら、そんな事を思う。
それでもその手は縋って来ているように見えた。
ああ、そうだ、初めてではない。ちりちりと、この僅か熱の篭った視線は。ふとした時に、向けられてはいなかったか。
何でも無い事を話している時、それとも物言わずこちらをじっと見詰めてくる時。俺は感じてはいなかったか。
唯それに、気付かない振りをしていただけだ。
「俺ね、」
ほんの僅か、握られた手が強張るのを感じた。
「跡部のことが好きなの」
真っ直ぐ向けられた瞳が思いの外綺麗だったので。
俺は少し、見蕩れてしまったのだ。
きゅ、と、握ってくる手に力が篭もった。
「俺のこと好きになってよ、跡部」
後書き:
実は悶々としていたジロちゃん、みたいな……。こんなに突発で続編を書くとは自分でも思わなんだ……。
別に続きません(愚)。
2007.9.13 シン