ざわざわと、自分の中にどす黒い霧が充満していくのが判る。
振り払えば振り払うだけその霧は広がっていき、自分が唯、疲弊していくのだ。
気分が、悪い。
ベッドに横たわらせた相手の腰を跨ぎ、上にのしかかった。
常から滅多に崩れる事のない無表情が、僅かに強張るのを感じ取る。
戸惑っている。俺には判る。
「樺地」
相手の名前を囁いた。ぴくりと反応が返ってくる。
大きく盛り上がった胸板に手を付き、もう一方の手をその無表情に伸ばした。
丸みのすっかり取れた頬から太く逞しい首筋まで、撫でるように手の平を這わす。
ぴんと張りのある筋肉は、するすると指を滑らせていく。
視線を合わせていた相手の黒くて小さな瞳が、ふるりと揺れた。
「お前は俺についてくると言ったな」
「…ウス」
視線を絡め取ったままそう呟くと、一拍のちにいつもの短い返事が返ってきた。
今この状況が何なのか判らず戸惑っている癖に、俺の問いには迷いなく答えてくる。
こういう時はいつだって、胸の中がざわざわと落ち着かなくなるのだ。
「なら、樺地」
こんなどうしようもなくなっている自分を隠したくて、笑みを浮かべた。
コートのフェンス越しに群がる女子生徒達に、感嘆の声を上げさせるように。
軽薄な笑みを浮かべるだけで、この男の心を掴めるならば。どれだけ楽だろうか。
「どんな時でも、俺に従え。俺に逆らうな、……決して」
何と馬鹿げた主張であることか。
それでもこんな馬鹿馬鹿しい事を言われても、俺がこれから何をしても。
この男は俺に何も、言わないのだろう。
自分の内側が真っ黒いもので一杯で、ざわざわして落ち着かない。
相手の言葉を聞きたくなくて、開きかけた口を塞ぐように、唇を重ねた。
後書き:
これまで書いた跡樺跡とはまた別物です。
2人はくっついていない設定。
2007.10.25 シン